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大阪地方裁判所 昭和46年(ワ)10121号 判決 1973年5月19日

昭和四六年(ワ)第一〇一二一号手形判決に対する異議申立事件(A事件)

昭和四六年(ワ)第一〇二五〇号手形判決に対する異議申立事件(B事件)

昭和四七年(ワ)第五〇二二号手形裏書の詐害行為取消請求事件(C事件)

A事件原告

長島隆一

右訴訟代理人

城戸寛

久保義雄

B事件原告

高柳欣司

B事件原告

近藤孝一

右両名訴訟代理人

城戸寛

C事件原告、A、B事件被告

東洋鋼管建設株式会社

右代表者

中川泰之

右訴訟代理人

黒沢辰三

松井孝道

C事件被告

渡部利男

右訴訟代理人

城戸寛

久保義雄

主文

当裁判所が昭和四六年(ワ)第三八九号約束手形金請求事件につき昭和四六年五月六日言渡した手形判決、および神戸地方裁判所尼崎支部が昭和四六年手(ワ)第三一号約束手形金請求事件につき同年五月二六日言渡した手形判決はいずれもこれを取消す。

A事件原告長島、B事件原告高柳、同近藤の請求はいずれもこれを棄却する。

三浦商事株式会社のC事件被告渡部に対する別紙約束手形目録記載の約束手形三通の各裏書を取消す。

訴訟費用は、A、B、C事件および異議の前後を通じ、A、B事件の原告三名、C事件被告の負担とする。

事実

第一  当事者双方の求める裁判

一  A事件

(一)  原告長島 「被告会社は原告長島に対し金一〇〇万円とこれに対する昭和四六年三月三日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決および仮執行宣言。

(二)  被告会社 「本件手形判決を取消す。原告長島の請求はこれを棄却する。訴訟費用は原告長島の負担とする。」との判決。

二  B事件

(一)  原告高柳 「被告会社は原告高柳に対し、金一〇〇万円とこれに対する昭和四六年三月三日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告会社の負担とする。」との判決および仮執行宣言。

(二)  原告近藤 「被告会社は原告近藤に対し、金九〇万円とこれに対する昭和四六年三月三日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告会社の負担とする。」との判決および仮執行宣言。

(三)  被告会社 「本件手形判決を取消す。原告高柳、近藤の請求はいずれもこれを棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」

との判決。

三  C事件

(一)  原告会社 「訴外三浦商事株式会社の被告渡部に対する別紙約束手形目録記載の約束手形三通の各裏書を取消す。訴訟費用は被告渡部の負担とする。」との判決。

(二)  被告渡部 「原告会社の請求を棄却する。訴訟費用は原告会社の負担とする。」との判決。

第二  当事者双方の主張

一、A、B事件の主張

(一)  原告長島、原告高柳、原告近藤(請求原因)

1 原告長島は別紙約束手形目録(1)のとおり記載がある約束手形一通を、原告高柳は同目録(2)の約束手形一通を、原告近藤は同目録(3)の約束手形一通をそれぞれ所持している。

2 被告会社は右手形三通を振出した。

3 原告長島、高柳、近藤はそれぞれ満期の日に支払場所で支払のため右各手形を呈示した。

4 よつて、原告らは被告会社に対し次の金員の支払を求める。

(1) 約束手形金元本。

(2) 右手形金に対する満期の日から支払ずみまで手形法所定率による法定利息金。

(二)  被告会社(答弁・抗弁)

1 答弁

(1) 原告主張の請求原因事実中、1、2は認める。

(2) 同3の事実は争う。

2 抗弁

(1) 本件手形は被告会社が三浦商事株式会社に対しエレベーター工事およびアルミスパンドール工事の請負工事代金支払のため振出したものであるが、右三浦商事は昭和四五年一一月六日に倒産し、右請負契約は履行不能になつたので、被告会社は直ちに右三浦商事に対しこの請負契約を解除した。本件各手形の受取人である右三浦商事から裏書を受けた渡部利男は三浦商事の代表取締役の弟である三浦春生とは昵懇の間柄であつて、右の請負契約解除の事情を知つて本件手形を取得した害意取得者である。

原告長島、高柳、近藤の受けた裏書は隠れた取立委任裏書であるから、その裏書人たる渡部に対抗し得る抗弁をもつて、右原告らに対抗できる。すなわち、右渡部は被告会社申請にかかる本件各手形を執行吏保管とし、譲渡禁止を命ずる当庁の仮処分決定の執行を免れるため、右原告らに隠れた取立委任裏書をなしたものである。

(2) 仮りに右(1)の抗弁が認められないとしても、右三浦商事の渡部利男に対する裏書は、後記(c)事件の請求原因事実記載のとおり、詐害行為として取消されるべきものであるから、右渡部から隠れた取立委任裏書を受けた原告長島、高柳、近藤の本訴請求は認められない。

(三)  原告長島、高柳、近藤(抗弁に対する答弁、再抗弁)

1 抗弁に対する答弁

(1) 被告会社主張の抗弁事実中(1)のうち、本件手形が被告会社主張のとおり請負代金支払のため三浦商事株式会社に対し振出されたものであること、右三浦商事の代表取締役の実弟である三浦春生と渡部利男とが旧知の間柄であつたこと、右三浦商事が被告会社主張の日時に倒産したこと、渡部利男から原告長島、高柳、近藤への裏書が隠れた取立委任裏書であることは認めるが、その余は否認する。

なお、右請負代金は出来高払の約束で出来高確認のうえ本件手形を振出したものである。

(2) 同抗弁(2)の事実に対する答弁は、後記C事件に対する被告渡部の答弁するとおりである。

2 再抗弁

後記C事件につき被告渡部が抗弁するとおり再抗弁する。

(四)  被告会社再抗弁に対する答弁、再々抗弁)

1 再抗弁に対する答弁

後記C事件につき原告会社が抗弁に対し答弁しているとおりである。

2 再々抗弁

後記C事件につき原告会社が再抗弁するとおりである。

(五)  原告長島、高柳、近藤(再々抗弁に対する答弁)

被告会社の再々抗弁事実は否認する。

二  C事件の主張

(一)  原告東洋鋼管建設株式会社(請求原因)

1 原告会社は、訴外三浦商事株式会社に対し、次のとおり金三九〇万円の債務不履行による損害賠償請求権を有する。

すなわち、(1)訴外会社は原告会社に対し昭和四五年四月二〇日に東京都八王子市三崎町二の七、ヨーロー観光内のエレベーター設備工事の請負契約を締結して、その工事の完成を約し、原告は右工事の結果に対し請負代金六三〇万円の支払を約した。

(2) 訴外会社は昭和四五年一一月六日に倒産し、右エレベーター工事は履行不能となつたので、被告会社は直ちに右三浦商事に対し請負契約を解除した。

(3) 原告会社は訴外会社の右履行不能により金三九〇万円の損害を蒙つた。すなわち、原告は訴外会社に対し右工事前渡代金として金四二〇万円を支払ずみであり、かつ、右エレベーター工事の完成のためさらに金六〇〇万円を新日本エレベーター株式会社に支払わねばならなかつた。結局原告会社はこのエレベーター工事に金一、〇二〇万円を支払つたが、これは当初の請負代金六三〇万円を金三九〇万円超過した過払であり、原告会社は同過払額相当の損害を蒙つた。

2 訴外会社は昭和四五年一一月四日その所持していた別紙約束手形目録記載の約束手形三通を被告渡部に裏書譲渡した。

3 訴外会社は同月六日に倒産したもので、その二日前である右裏書当時において、七〇、七六七、〇八二円にも登る莫大な債務超過があつて、右裏書が債権者を害することは明らかである。

4 訴外会社は前記のとおり倒産寸前の莫大な債務超過の状態にあつたのであるから、本件手形裏書が債権者を害することを認識していた悪意者である。

(二)  被告渡部(答弁・抗弁)

1 答弁

(1) 原告東洋鋼管建設株式会社主張の請求原因事実1のうち、(1)の事実、(2)のうち三浦商事株式会社が昭和四五年一一月六日倒産したことは認めるが、その余の事実は否認する。

(2) 同2の事実は認める。

(3) 同3の事実は不知。

(4) 同4の事実は否認する。

2 抗弁

(1) 三浦商事株式会社は本件手形の振出人たる原告会社に対し、原告会社(A、B事件の被告会社)自身が、AB事件において抗弁(1)で主張しているように請負契約解除による原因関係消滅の抗弁の対抗を受けるのであつて、右三浦商事が本件各手形を所持していても手形金の請求をなし得ない性質のものであるから、これを被告渡部に裏書しても、何ら債権者を害するものではない。

(2) 三浦商事の被告渡部に対する本件各手形の裏書は三浦商事の被告渡部に対する貸金債務の弁済のためなされたものであるから、詐害行為とはならない。

(3) 詐害行為の受益者とされている被告渡部は本件各手形の裏書が三浦商事の債権者を害することを知らなかつた。

すなわち、

被告渡部は三浦春生を通じ三浦商事を知つているのみで、三浦商事の経営内容や倒産の虞れなど全く知らず、右春生を通じて貸付けた貸金の弁済を受けるため本件各手形の裏書を受けたにすぎないのである。

(三)  原告会社(抗弁に対する答弁、再抗弁)

1 抗弁に対する答弁

(1) 被告渡部主張の抗弁事実中(1)のうち三浦商事株式会社が原告会社から本件手形につき被告渡部主張のとおり原因関係消滅の対抗を受けることは認めるがその余は争う。

(2) 同抗弁事実中(2)(3)の事実は否認する。

2 再抗弁

かりに被告渡部主張の抗弁(2)のとおり三浦商事株式会社の本件各手形裏書が三浦商事の被告渡部に対する貸金債務弁済のためなされたものであるとしても、右三浦商事と債権者たる被告渡部が通謀して他の債権者を害する意思でなした裏書であるから、詐害行為となる。

(四)  被告渡部(再抗弁に対する答弁)

原告会社の再抗弁事実は否認する。

第三  証拠<略>

理由

第一A、B事件の請求原因事実

原告長島が別紙約束手形目録(1)のとおり記載がある約束手形一通を、原告高柳が同目録(2)のとおり記載がある約束手形一通を、原告近藤は同目録のとおり記載がある約束手形一通をそれぞれ所持していること、被告は右手形三通を振出したことは当事者間に争いがない。そして<証拠略>によると、原告長島、高柳、近藤がそれぞれ満期の日に支払場所で支払のため右各手形を呈示したことを認めることができ、他にこの認定を動かすに足る証拠はない。

第二A、B事件の原因関係消滅の抗弁の検討

被告会社主張の原因関係消滅、悪意の抗弁中、本件手形が被告会社から三浦商事株式会社に対しエレベーター工事およびアルミスパンドール工事の請負工事代金支払のため振出されたものであること、右三浦商事が昭和四五年一一月六日に倒産したこと、同三浦商事の代表取締役の実弟である三浦春生と渡部利男が旧知の間柄であつたこと、渡部利男から原告長島、高柳、近藤への裏書が隠れた取立委任裏書であることについては当事者間に争いがない。

そして、<証拠略>を総合すると、被告会社は昭和四五年四月二〇日三浦商事株式会社に対しヨーロー観光ビルのエレベーター設備工事を発注して、両者間に右請負工事契約を代金六三〇万円として締結し、その請負代金は、同年五月末、八月末に、同日各提出の金額各二一〇万円の手形(満期までの期間一二〇日)で支払い、残額二一〇万円は同年一〇月末現金で支払う約束であつたこと、これとは別に昭和四五年六月三日に右両者間で森田、井上ビルのアルミサッシ(アルミスパンドール)の請負工事契約を代金二五〇万円で締結し、支払方法は出来高検収、翌月末支払の約であつたこと、エレベーターの代金の第一回支払分の手形二一〇万円は当初の約定どおり支払われ、満期に決裁されたが、第二回目は工事が進捗せず八月末の約が一〇月末に至つて漸く金二一〇万円を支払うことになり、前記アルミサッシ代金一〇〇万円との合計三一〇万円を被告会社から右三浦商事に対し、現金二〇万円を支払い残金の二九〇万円の支払のため本件手形三通を振出したこと、エレベーター代金は三浦商事の要求で、一〇月二九日に工事が完成する見込で支払つたものであつたが、同日エレベーターが納入されず、同年一一月六日倒産したので、右エレベーターの請負契約を解除し、三浦商事は被告会社に対し本件手形の返還を約したこと、一方、右三浦商事はその代表取締役であつた三浦一三の実弟で、繊維の取引関係から渡部利男と親交の厚い三浦春生を通じ右渡部から三浦商事の融通資金を得るため会社名義で計一、五六七、三〇〇円、三浦一三個人名義で一、五〇〇万円の金員を借受けたので、その内金支払いのため本件手形三通を右渡部に裏書譲渡したこと、右渡部は自己が代表取締役をしている大和株式会社監査役に就任させている右三浦春生の人柄を信じ、同人が三浦商事は土地建物の販売仲介業をしていたが、土地の造成がうまくいつていると云うのを信じて金員を貸付けていたが、この貸金については期限も定めていないので時折貸金の返済を右春生に求めたところ、昭和四五年一〇月頃伊丹市伊丹字梅ノ木所在の三浦一三所有の宅地、建物に二番抵当、停止条件付所有権移転仮登記を設定し、暫時支払の猶予を求め一時その場を凌いだがその後少し日をおいて再び支払の請求を重ねたところ、右春生が前記貸金の内金支払のために本件手形三通を持参したもので、本件手形取得時において渡部はとくに本件手形の原因関係とその契約解除を知つていたものとはいえないことが認められ、他にこれを覆すに足る証拠はない。

右の各事実を併せ考えると、被告会社主張の原因関係消滅の抗弁中、本件手形三通の原因関係であるエレベーター工事、アルミサッシ(アルミスパンドール)工事が履行不能により契約解除になつたことは認められるが、本件手形の受取人である三浦商事株式会社から裏書を受けた右渡部がその事情を確知し被告会社を害することを知つて本件手形を取得したとの事実はこれを認めることができないのであつて、他にこれを認めるに足る証拠はない。

そうすると、被告会社は本件手形三通の振出人として、善意の右渡部から隠れた取立委任裏書を受けた原告長島、高柳、近藤に対し、手形の受取人である三浦商事株式会社に対する請負契約解除という人的関係に基く抗弁を以て対抗できないことは明らかである。

第三詐害行為成否(A、B事件の抗弁、C事件の請求原因)の検討

一原告主張のC事件の請求原因事実(A、B事件の抗弁(2)の事実)のうち、三浦商事株式会社が原告会社に対し昭和四五年四月二〇日に東京都八王子市三崎町二の七ヨーロー観光内のエレベーター工事の請負契約を締結して、その工事の完成を約し、原告は右工事の結果に対し請負代金六三〇万円の支払を約したこと、右三浦商事が昭和四五年一一月六日倒産したこと、同三浦商事が同年一一月四日その所持する別紙約束手形目録記載の約束手形三通を被告渡部に裏書譲渡したことについては当事者間に争いがない。そして、右エレベーター残代金は工事完成前に完成見込の検収により前記アルミサッシ(アルミスパンドール)の請負代金とともに本件手形三通を振出したものであるが、エレベーターが完成納入されず、昭和四五年一一月六日三浦商事株式会社が倒産したので、原告会社が右請負契約を解除し、右三浦商事が原告会社に本件手形の返還を約したことは前認定のとおりであり、<証拠略>を総合すると、三浦商事株式会社は昭和四五年一一月六日当時累績負債七〇、七六七、〇八二円の債務超過を有し、本件手形の裏書時である同月四日においてもほぼ同額の債務超過があつたこと、したがつて、右三浦商事は倒産寸前の莫大な債務超過状態における本件手形裏書が債権者を害するものであることを知つていたこと、原告会社は右三浦商事の倒産によつて前記エレベーター工事が履行不能になり、契約解除の結果未完成のまま放置されたエレベーター工事を完成するため新日本エレベーター株式会社と新たに請負契約をなし、同会社に対し計金五〇〇万円の支払を余儀なくされ、前認定の本件手形を含めた三浦商事株式会社への既払エレベーター代金四二〇万円とを加算すると、原告会社はエレベーター代金として合計九二〇万円の支払をなしたことになり、結局当初右三浦商事との請負代金六三〇万円より金二九〇万円の超過支払となつて、同額の損害を蒙つたので原告会社は、右三浦商事に対し、同商事の責に帰すべき事由による前記履行不能に基づき、右二九〇万円の損害賠償請求権を取得したことの各事実を認定することができ、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

したがつて、原告会社主張のC事件の請求原因事実(A、B事件の抗弁(2)の事実)は本件手形裏書が債権者を害する点を除きすべて肯認し得るので、次にはこの手形裏書の詐害行為性、詐害行為の成否につき順次検討していくこととする。

二本件手形裏書も手形上の権利の譲渡および遡求義務を負担する法律行為の一つであり、債務者の一般財産の減少行為として詐害行為の対象となると考える。これに対し、手形裏書などの手形行為は、その原因関係である売買、消費貸借、債務弁済などの単なる決裁手段であつて、原因関係上の債務の履行的性質を有するから、財産減少行為とはいえず詐害行為とはならないのであつて、その原因関係上の法律行為を詐害行為として取消すべきであるとの見解もあり得るが、手形裏書は、必ずしも売買、消費貸借等の実質的取引の決裁手段としてのみ行われるものではなく、簡易で有効な信用授受としても行なわれ、また手形の裏書人は原因関係におけるとは別個の新たな債務を負担し、しかもその債務は挙証責任の加重、抗弁の切断等を伴うことによつて、原因関係上の債務に比し一層厳格な債務を負担し、かつ従来有していた手形上の権利を喪失するにいたるものであるから、原則として債務者の手形裏書行為は民法四二四条一項の財産権を目的とした「法律行為」に該当し、詐害行為取消権の対象となると解すべきである。

三原告会社は前記のとおり、原告会社がエレベーター請負工事の履行不能に基く損害賠償債権を取得したのが三浦商事株式会社の倒産した昭和四五年一一月六日である旨主張し、同会社の詐害行為であるとする本件手形裏書をなしたのが同月四日であると主張していて、債権発生前の債務者の裏書行為をもつて民法四二四条の詐害行為であるとしていることは明らかである。そして、詐害行為取消権は、債権者が債権発生当時存した債務者の資力(一般財産)を信用の基礎にしているので、この共同担保たる一般財産の阻害を防止することによる特定債権の保全を目的としたものであり特段の事情のない限り、詐害行為当時まだ存在しない債権は、その行為によつて害せられることはないのであるから、原告会社主張のような債権発生前の債務者の法律行為は原則として民法四二四条の詐害行為とならないものである。しかしながら、詐害行為を取得する債権は、当初から金銭債権であることを要しないのであつて、債権の目的種類を問わず、債務者の処分行為によつて、その債権が債務者の一般財産から金銭で満足を受けることもできなくなる場合にも、詐害行為取消権は成立し得ると解すべきであり(最判昭三六・七・一九民集一五巻七号一八七五頁参照)、原告会社主張の履行不能による損害賠償債権の発生時期は、既述のとおり詐害行為の後であるが、その基礎をなす請負契約上の債権は、前認定のとおり原告会社主張の如く昭和四五年四月二〇日に原告会社、三浦商事株式会社間に締結されたエレベーター工事請負契約に基くものであつて、そのエレベーター工事の完成、引渡を求める債権は、右契約締結と同時に発生し、詐害行為のなされた同年一一月四日より以前に成立していることが明らかであるから、これが履行不能となつた時期が前認定のとおり詐害行為の直後でその債務が履行不能となる蓋然性が極めて高く、これを債務者たる右三浦商事が確知していた本件の場合には、なお民法四二四条を適用し得るものと考える。なお、原告会社の主張するC事件の請求原因事実1の(1)ないし(3)を総合すると以上のように詐害行為の被保全債権を当初のエレベーター工事請負契約に基づく工事完成引渡債権およびその履行不能による損害賠償債権とする主張をも含むものと解し得るのである。

第四詐害行為に対する抗弁(C事件の抗弁、A、B事件の再抗弁)の判断

一C事件の被告渡部主張の抗弁(1)およびA、B事件の原告長島、高柳、近藤の同旨の再抗弁につき判断するに、右被告渡部、原告長島、高柳、近藤主張のとおり、C事件の原告会社(A、B事件の被告会社)が三浦商事株式会社に対し本件各手形振出の原因関係であるエレベーター設備の請負工事契約を履行不能に基き解除し、原因関係が消滅していることは当事者間に争いがなく、また既に認定したところであるから、三浦商事株式会社が本件手形をそのまま所持していても右原告会社から原因関係消滅の人的抗弁の対抗を受け手形金請求をなし得ない関係にあつたのであつて、これは右三浦商事の債権者の共同担保たる一般財産としては無価値物に等しいものであり、同三浦商事が被告渡部へ本件手形を裏書譲渡した行為は、積極財産減少行為とはいえない。しかしながら、手形裏書は手形上の権利の譲渡という側面の他に、裏書の担保的効力として、新たに他の手形債務者と合同して遡求義務を裏書人が負担するにいたるのであるから(手形法一五条一項、四七条)、連帯債務の負担などと同種の関係に立ち、この面からみて手形裏書が消極財産の増加として財産減少行為にあたるものといわねばならない。したがつて、対抗を受ける人的抗弁附着の手形の裏書も、特段の事情がない限り財産減少行為として詐害行為の対象となると考えるべきであつて、これを詐害行為の対象とならないと論ずる前記被告渡部、原告長島、高柳、近藤らの主張は採用できないものである。

二次に、前記被告渡部主張の抗弁(2)、原告長島、高柳、近藤ら主張の同旨の再抗弁につき検討するに、その主張の如く本件各手形の裏書が三浦商事株式会社の被告渡部に対する貸金債務弁済のためなされたものであることは前認定のとおりであるが、これが既存債務の弁済に代えて裏書されたものとの主張立証がないので、支払確保のため裏書されたものというべきであり、この場合には既存債務(貸金債務)は消滅せずそのまま存続し、これと手形の遡求義務とが併存するので、詐害行為の対象とならないとはいえないのである。もつとも、右の両債務は一方の債務が弁済によつて消滅すれば、他方の債務は目的を達して消滅するいわゆる不真正連帯債務の関係にあるので、債務総額自体は増加せず、一般債権者の共同担保を害する財産減少行為にならないとの疑義を生ずるかもしれないが、前述のとおり手形債務は原因関係上の債務とは異なり、挙証責任の転換人的抗弁の切断等を伴なう厳格な債務であるから、一部の債権者に物的担保を供与した場合と類似の関係に立ち、優先弁済権はないもののこのような厳格な債務を負担する点においてやはり財産減少行為として詐害行為にあたるものというほかないのである。したがつて、本件手形が既存の貸金債務支払のため裏書されたものであるから詐害行為に該らないとの前記被告渡部の抗弁(2)、原告長島、高柳、近藤の同旨の再抗弁は主張自体理由がなく、失当である。

三そこで、前記被告渡部主張の抗弁(3)、原告長島、高柳、近藤ら主張の同旨の再抗弁の吟味に移ることとするが、被告渡部が昵懇の三浦春生を通じ、同人の実兄三浦一三が代表取締役をしている三浦商事株式会社に対し会社名義で一、五六七、三〇〇円、三浦一三個人名義で一、五〇〇万円の金員を貸付けていたこと、その後被告渡部は右春生を通じ時折返済を要求していたが右三浦商事倒産の一ケ月前である昭和四五年一〇月頃に三浦一三所有の宅地建物に二番抵当、停止条件付所有権移転仮登記を設定したが、昭和四五年一一月六日右三浦商事が累積負債七〇、七六七、〇八二円の債務超過を生じ倒産したことは前認定のとおりであり、成立に争のない甲第一ないし第四号証、乙第三、第四号証、AB事件の原告長島隆一、高柳欣司、近藤孝一、C事件の被告渡部利男(一部)各本人尋問の結果を総合すると、本件約束手形は被告渡部の貸金返済の要求により、三浦商事株式会社倒産の僅か二日前である昭和四五年一一月四日に同三浦商事から裏書譲渡されていること、そして、本件手形の預り証(乙第三号証)によると、倒産後の三浦商事株式会社の債権者会議の開催日である同月一〇日までに現金を持参することを前提にして、その持参がない場合はこの手形を債権に充当する旨記載されていること、右債権者会議が同一〇日に開催されたこと、前記被告渡部は、原告会社申請にかかる本件各手形を執行吏保管とし、譲渡禁止を命ずる大阪地方裁判所の仮処分決定の執行を免れるため、執行官が被告渡部方へ赴いた際、密かに自己の経営顧問ないし社員である前記原告長島、高柳、近藤に手形金の取立に成功した暁には多額の報酬(二〇万円ないし一〇万円)を取得させる旨の密約を交していることなどの事実を認定することができ、これらの事実に照らすと、前記被告渡部ら主張の抗弁ないし再抗弁に副い被告渡部が、三浦商事株式会社の本件各手形裏書がその債権者を害することを知らなかつた旨供述する証人渡部利男の証言部分(C事件併合前)および被告渡部利男本人尋問の結果部分は遽かに採用できないし他にこれを認めるに足る証拠はない。

第五詐害行為取消権行使の方法

前叙のとおりC事件の原告会社(A、B事件の被告会社)の詐害行為の主張は理由があることが明らかである。そこで、残された問題として、A、B事件において、原告会社が詐害行為取消の抗弁をもつて主張している点、すなわち、C事件において詐害行為取消の訴が認容されるべき場合に、A、B事件の手形金請求は排斥されるものか否かを検討する必要がある。ところで、元来詐害行為取消権の行使は訴の方法によるべきであり、その取消訴訟は形成の訴であつて、詐害行為取消の効果は判決の確定により始めて生ずるところから、原則としては詐害行為の抗弁により請求排斥の目的を達し得ないのであるが、手形の被裏書人の手形金請求訴訟が係属中、手形の取得原因たる手形裏書につき詐害行為取消の訴が反訴とし提起され、本訴および反訴が同一の裁判所で併合審理され一個の全部判決がなされ、しかも、詐害行為取消権が存すると判断されて手形上の権利取得が否定されるべきことが明らかな場合には、本訴である手形金請求訴訟は排斥を免れないと考える。けだし、詐害行為取消の訴は、法律行為取消および財産の回復または賠償の請求を同時に訴求し、あるいは取消の訴のみを提起し得る性質のものであり、取消の訴が確定する以前に法律行為の取消と同時に給付物の返還、賠償を命ずる判決をなすべきことが当然の前提とされていること、原告が原状に回復をなすべき地位にあること、形成の訴とそれを前提とする給付の訴が同一判決でなされる場合につき、形成の判決と同時に給付判決をなすべきことを認める特別規定が存すること(人事訴訟法一五条)、事実上本訴と反訴の判決は同時に確定すべき関係にあることなどに照らすと、前記の如き場合には、手形を返還すべき地位にある被裏書人は手形の適法な所持人とはいえないからである。もつとも、本件のA、B事件とC事件は厳密には本訴、反訴の関係に立つものではないが、A、B事件の被告とC事件の原告は同一会社であり、また、A、B事件の原告三名はいずれもC事件の被告の隠れた取立委任裏書の被裏書人であつて(A、B、C各事件の当事者間に争いがない)、同被告のいわば身代りとして代理人ないし使者たる地位に立ち、同被告のため原告となつて手形金取立を行なうものであるから、A、B事件の判決はC事件の被告に対してもその効力を有するものといわねばならないのである(民事訴訟法二〇一条二項参照)。したがつて本件A、B事件とC事件とは本訴、反訴の関係と同視して差し支えないと解すべきであつて、本訴、反訴の関係につき前述したところがそのまま当篏るものと考える。

第六結論

以上のとおりであるから、A、B事件の原告長島、高柳、近藤の本訴請求は理由がないことが明らかであり、C事件については、三浦商事株式会社の被告渡部に対する本件約束手形三通の各裏書を取消すべきもので、この取消を求めるため原告会社の請求が正当であることは明白であるから、A、B事件原告らの請求はいずれもこれを棄却し、これと符合しないA、B事件の手形判決を民事訴訟法四五七条二項により取消すこととして、C事件原告会社の請求を認容し、訴訟費用の負担につき、同法八九条、九三条本文、四五八条二項、一九五条三項を適用して主文のとおり判決する。

(吉川義春)

約束手形目録<略>

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